ちょっと違う風景
町の珍しいものとかを紹介します。主に社寺とお花。

ホーム 管理画面 ファイルアップ 新規記事
--2017-06-- « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 »

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

難波神社

resize25632.jpg
御堂筋にある唯一の神社です。神社の由緒によると、「反正天皇が大阪府松原市に柴籬宮(しばがきのみや)を開かれたとき、父帝の仁徳天皇をご祭神として創建されたと伝えられる。」その後、天王寺に行ったりして、かなり移動した。こんなに、移動距離の長い神社は珍しいです。訪問時結婚式を上げているカップルがあり。御堂筋で花嫁を撮っていました。私もつられてパチリ。拝殿前の狛犬は右が玉をもっており、その場合左は子供を持っているはずだと思っていたが、背中に子供がいました。現地では気がつきませんでした。WEBで難波神社を検索しているときこのことを見つけました。また、稲荷神社には、灯篭の上に逆立ちの狐像があるようです。これにはお目にかかっていません。隅々まで探さないといけません。詳細は難波神社を訪問してください。
スポンサーサイト

テーマ:大阪  - ジャンル:地域情報

  1. 2009/12/12(土) 00:00:29|
  2. 中央区
  3.  | トラックバック:0
  4.  | コメント:2

少彦名神社

resize25629.jpg
御堂筋の東側にある道修町(どしょうまち)にあります。昔、道修町は薬会社の本社があったが今は一部を除いて東京に移っている。最近、朝日新聞に載っていた。この付近には、大企業になっている会社の原点である建物(近代的なビルではなく)がある。それを見て歩くのも楽しい。(下図)この神社は昔から「張子の虎」で有名であり、資料館前には、いさましい虎の像があります。お守りの「張子の虎」を買うのをわすれましたが、阪神ファンにはいい神社です。資料館は無料で、古い薬の袋を見ることができます。エレベータにのり三階ですが、外人が熱心に資料を見ていました。 詳細は少彦名神社を見てください。
resize25630.jpg resize25631.jpg

テーマ:大阪  - ジャンル:地域情報

  1. 2009/12/11(金) 00:00:22|
  2. 中央区
  3.  | トラックバック:0
  4.  | コメント:0

豊國神社

resize25628.jpg
この神社のとなりは、大阪城です。大阪城の外側にはエレベータがあり、天守閣まで登れる。昔はエレベータは無かったと思う、歩いて登った記憶がある。天守閣から大阪の街が一望できるのは昔の話で、今は高層ビルが建ち、視界が限られている。大阪城はコンクリートであるが、美しい姿をしている。この神社は、大阪城の帰途初めて訪問したが、人が少ないように思う。豊國神社のホームページがあり、詳細に書かれている。ブログもあり、見て面白いです。昔は中之島にあったようです。中央公会堂、図書館建設でこの地に移ったようです。豊臣秀吉といえば大阪を思い出す方も多いと思いますが、大阪に豊臣秀吉を祀る神社がなかったのが不思議です。豊國神社は明治に創建され、京都を本社とする分社であったそうです。京都人は豊臣秀吉を憎んでいるが、古くから豊國神社や豊國廟があります。 写した写真は豊國神社をご覧ください。もとの写真はフォト蔵にあります。

テーマ:大阪  - ジャンル:地域情報

  1. 2009/12/10(木) 00:00:08|
  2. 中央区
  3.  | トラックバック:0
  4.  | コメント:4

生國魂神社行宮

詳細はホームページを参照してください。
まだ完成ではありませんが、FC2でホームページ(無料1G)を作成しました。
ホームページの画像はフォト蔵(月に1Gアップロードできる。生画像)にリンクしています。
これなら画像容量を気にせずに自由にホームページがつくれる。
何時かはブログの神社巡りをホームページに移行しようと思っています。(何時になることやら)
このブログは神社の感想などを書いていこうと思っています。
resize25627.jpg

テーマ:大阪  - ジャンル:地域情報

  1. 2009/12/09(水) 00:00:39|
  2. 中央区
  3.  | トラックバック:0
  4.  | コメント:0

森之宮神社

【御祭神】 用明天皇 穴穂部間人皇后 聖徳太子
【由緒】(ホームページより抜粋)

大阪が「押照や難波」と詠まれた今から千四百数年前、崇峻天皇二年(589年)七月、聖徳太子は物部守屋との戦いに必勝を祈願され、勝った暁には四天王像を造ることを誓われました。その戦いに勝利されて、先ず父母の用明天皇と穴穂部間人皇后を神としてお祀りなさいました。その後、太子は四天王像を造り、この森に元四天王寺を創建なされたのです。御父用明天皇崩御の後追慕の御孝心が深かったので、太子は自ら尊像を彫刻なさって、かつ宮殿を造営なさり、そこは四方の崇敬いよいよ篤い神廟となりました。
 初め境内地も方八町あったと云います。そして本殿、拝殿始め楼門に至る迄華麗で、目を驚かすばかりだったようです。
 それゆえ古地図、古文献等にも多数記された由緒ある古社であり、さらに人皇三十一代用明天皇(欽明帝第四皇子、橘豊日命)並びに穴穂部間人皇后を祭る日本唯一の神社です。
 しかしながら時移り世が変ると、御社の衰えも大層甚しく、今は小社に鎮座していますが、この宮所は実に千四百年の星霜を経ています。このように歴史が古く、由緒の正しい社は日本が広いといえども数少ないのです。
 なお用明天皇御陵は南河内郡太子町にあります、磯長原陵(しながはらりょう)です。
 色かはる下葉よりこそ散にけり森之宮の秋の初かぜ    直 好

鳥居と社名碑
横の鳥居の額束には「鵲森宮」
森之宮神社は通称鵲森宮といいます。
本社
拝殿前の狛犬
五幸稲荷社と安井の井戸

大きな地図で見る

テーマ:大阪  - ジャンル:地域情報

  1. 2009/12/08(火) 00:00:40|
  2. 中央区
  3.  | トラックバック:0
  4.  | コメント:2
  次のページ >>

プロフィール

こまとし

Author:こまとし
街で見つけた面白いものを書いています。

こまとしのホームページ

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

訪問者

ご訪問ありがとうございます。

最新記事

Blogram

blogram投票ボタン

gooあしあと

yahoo

カテゴリ

検索フォーム


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。